[倫理学][道徳]【補遺】 環境倫理学――環境正義

1. 環境正義の背景
 「環境正義(environmental justice)」は環境保全と社会的公正を同時に実現するように求める思想である。環境正義はアメリカで1980年代頃から問題となった「環境人種差別(environmental racism)」の批判として展開した「環境正義運動(environmental justice movement)」に端を発する。

1.1 環境正義運動の展開
 1982年にノースカロライナ州のPCB廃棄物埋め立て計画が浮上した。当時、PCB廃棄施設は比較的経済的に裕福な白人が居住する地域よりも、貧困層が多い地域やアフリカ系アメリカ人が多い地域に集中して建設された。アフリカ系の人々は社会的差別を受け、さらに都市埋立地の問題や、毒性廃棄物処理場の設置問題でも差別的措置が行われていた。このことが、「恵まれた立場である白人のみにより良い環境が確保され、不遇な立場にあるアフリカ系の人々に有害な環境を強いている」という「環境人種差別」として問題化した。
 これに対して、アフリカ系の人々を中心に抗議運動が展開されたが、500人以上もの人が逮捕され、運動は失敗に終わった。しかしながらこの抗議運動は環境正義運動の象徴的なものとなった。その後、1987年に合同キリスト教会人種的正義委員会が『合衆国における有害廃棄物と人種』という調査結果を出し、1991年には全米有色人種環境運動指導者サミットが開催され、その宣言として「環境正義の諸原則」が採択され、1994年に当時のアメリカ大統領クリントン(Bill Clinton)が大統領命令「マイノリティ人口と低所得人口における環境正義の確保のための連邦政府の行動について」に署名した。
 以上の一連の流れのように、環境正義は人種問題、特にマイノリティがよりよい環境を享受する権利を保護することと絡んだ形で議論される形となった。

1.2 環境正義運動の影響
 そもそも環境正義の概念はアメリカの国内問題として出発し、先住民の権利問題のように人間中心主義の側面から出発した。しかしながら1992年に行われたリオデジャネイロの地球サミットを契機に、環境正義の概念がアメリカ先住民の権利問題と絡んでグローバルな形で理解されるようになった。
 また、経済成長に伴い各地で公害問題が起こった。重工業化に伴う大量の資源消費による経済では大量の廃棄物が発生し、その処分が問題になった。特に廃棄物の中には有害物質が含まれるために、廃棄場の周辺の土壌や水質の悪化を招き、周辺住民の健康や生活環境を悪化させた。このことから、廃棄物処理の被害の正当な配分が問題化した。
2. 環境正義の目的
2.1 環境保全と社会的公正
 環境正義は次のような問題を扱う。即ち、一方では人間に対して環境悪化を招くような利用を不正とみなすことで、人間と自然との関係を問題にする。他方、環境正義は環境保全のための合意形成や弱者の権利を問題にすることから、社会的公正の問題をも射程に入れる。即ち、環境正義は<人間‐自然>の関係と、<公‐私>の関係を問題として扱う。
 先程述べたアメリカのPCB廃棄の問題に関しては、PCB処理によって有害廃棄物処分場の立地がアフリカ系の人々の居住地域に多い。アフリカ系の人々は白人の人々よりも平均所得が少ないのにもかかわらず、PCBによる汚染被害の危険性が高い。特に豊かな富裕層には豊かな環境が与えられるが、富裕層の廃棄物は恵まれない貧困層の所で処分され、貧困層には劣悪な環境が与えられ続けている。これより、アメリカ国内で富裕層にいる白人と貧困層にいるアフリカ系の人々との間で、同世代における費用便益配分が不均衡な状態となっている。環境人種差別問題では実際に、情報公開と意思決定プロセスの住民参加が主張された。環境正義はこの不正な状態を是正することを求める。

2.2 配分的正義と手続き的正義
 また、環境正義は地球環境問題において、費用便益の配分が公正な状態であるように要請する「配分的正義(distributive justice)」と、配分的正義を満たす実践の手続きが公正であるように要請する「手続き的正義(procedural justice)」の観点から問題を考察する。「配分的正義」は資源配分などで当事者の自由で平等な立場を確保するように要請し、「手続き的正義」は原理が決定される際の手続きにおいて当事者の権利や機会の均等、さらには弱者への手続きの参加支援などを要請する。これら2つの正義を地球環境問題から説明すると、「配分的正義」は全ての人々にとって、相互の尊重と正義に基づいた公共政策の必要性や、全ての人々には政治的・経済的・文化的・環境的な自己決定を行う基本的権利があることを提起する。他方、「手続き的正義」はマイノリティや低所得層の人々が意思決定のプロセスに適切に編入できることや、全ての意思決定における当事者の立場を平等且つ公正に扱うことなどを提起する。

3. 合意形成へ
 環境正義の上記の要請は国内問題の段階ではマイノリティや低所得層の権利問題として、国際的問題においては南の途上国の権利問題として表れる。特に国際的問題では先進国が政治的・経済的な面で途上国よりも国際関係上有利な立場にある。交易条件も先進国に有利になっているため、途上国は1次産品のような先進国向けの商品農産物などを輸出して高い工業製品を輸入せざるを得なくなる。輸出用農産物の無理な増産は途上国自身の食糧供給のバランスを崩し、農薬の乱用による農場汚染などの問題が発生する。また、先進国が主張する「自由」の名の下に、非関税障壁撤廃のための国際基準の整合化の名目で、残留農薬などの問題が途上国で深刻になっている。先進国の行動のしわ寄せが、途上国の弱者や自然環境に及んでいるのである。この場合、環境正義は南北の国々の立場を平等に扱い、南の途上国の立場を改善するように北の先進国に要求する(「配分的正義」の要求)。そして、南北の平等な立場から採択された原理を承認するために、「手続き的正義」を実現するための合意形成も重要である。合意形成されることで、合意された原理へ参加する当事者間で協同的な実践が行われる。そこには合意による社会的協働で繋がった当事者間から成る公共的な状態が表れる余地がある。

【参考文献】
鬼頭秀一(2002)「環境倫理と公私問題」、佐々木毅/金泰昌編『公共哲学――第9巻 地球環境と公共性――』(東京大学出版会)所収.
加藤尚武編(1998)『環境と倫理――自然と人間の共生を求めて――』、有比閣.
Anand, Ruchi(2004) International Environmental Justice: A North-South Dimention, Ashgate, Hampshire, Burlington, United Kingdom.

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