[倫理学][道徳]14. 環境倫理学――自然の権利

 今回からは環境倫理学(environmental ethics)について扱います。
 そもそも環境問題は人間が加害者にも被害者にもなり得るもので、極めて不確実なものです。二酸化炭素(CO2)やオオタカ保護の問題に関して無関心である人は多いものです。二酸化炭素の被害が現れるのが100年後であるとすれば、なぜ今に問題提起をしなければいけないのでしょうか。なぜオオタカを守るためにお金をかけなければならないのでしょうか。
 他方、公害に関して日本人は敏感です。公害は人体に影響が残るために、加害者や被害者の特定が明確です。即ち、公害は汚染者の不作為によって引き起こされたものと考えられているのです。
 環境倫理学は複数の様相にまたがる問題を扱うのですが、今回は自然の権利問題について検討します。
14.1 環境問題の特質
14.1.1 急激な人口増加に伴う問題
 人口増加のグラフを見ると、人口増加に伴って環境問題が表面化することが分かります。「人間が存在する限り環境問題は起こり続けるのではないか」と思えてしまいます。しかし、産業革命以前の段階では問題は起きていません。要は「人間の急増によって問題が起こる」という事態こそが問題なのです。
 産業革命によって大量生産が可能となりました。大量生産ができるようになると、多くの人々が賃金を得て食べていけるような技術が発達します。多くの人々が食べるための財を消費すると、その大量消費から大量のゴミや廃棄物が発生します。ここで廃棄物処理問題が表面化します。
 また、都市への人口集中が大量消費に拍車をかけています。都市空間という人工的な空間を快適に生活しやすくするために、人間は外部の自然環境から食物や資源を取り込んで消費し、余った廃棄物を外部へ出していました。産業革命以後の自然観では、自然界は人間にとって資源倉庫であり、且つ不要物の処分場でもありました。

14.1.2 環境倫理学に要求される自然観
 Ökologie([生態学的]自然環境、エコロジー)は19世紀半頃から出てきました。この単語はギリシア語のοικος(家)とλογος(家の中での決まり→生息地を貫く理法)の合成語です。またこの単語は人間が自然を見るときに、ある生息地に存在するエネルギーの循環をしている機能系の形成態(ecosystem[生態系])をも表します。このシステムの中に人間は生存しているので、このシステムを背景として人間が共生できるようにしなければなりません。
 2つのエコロジー概念についてここでまとめます。
 まず、人間中心主義のシャロウ・エコロジー。「人間はこのままでは生きていけないので、エコシステムに人間を位置づけねばならない」とする考えで、あくまでも人間が優先されます。これに対して、ディープ・エコロジーは自然を保存する考えに立ちます。文明的な生活をしている人間は「この生活を維持したい」と考え、途上国にいる人間は「この生活を脱したい」と考えています。シャロウ・エコロジーはまさに「先進国中心主義」とも捉えられます。人間中心主義で且つ先進国中心主義に陥れば、時刻の社会瀬ステムや制度などの基盤が地球全体で揺らぎかねません。ディープ・エコロジーは自然の内面的価値を認め、手段としての自然観を否定します(参考:アルネ・ネス[1997]『ディープ・エコロジーとは何か――エコロジー・共同体・ライフスタイル――』、文化書房博文社[ヴァリエ叢書])。
 ディープ・エコロジーの立場はすべての生命を平等に扱う「生命圏平等主義」ともつながります。また、人間にとって有益でも不益でも自然に内在的価値を認める立場(人間非人間中心主義)からは自然は「保存」されるべきものです。この立場は人間としての認識を用いて人間をエコシステムの中に戻そうとする試みです。ちなみに人間中心主義からすれば、自然は「人間にとって善い」とする「保全」の対象です。
 しかし、ディープ・エコロジーは「所詮人間が生き延びたいだけのエゴイスティックな欲求に過ぎない」と批判されます。ですが生存したい欲求はあくまで生命的欲求(生存本能)でありエゴイズムとは違います。「エゴイズム」はあくまで利他主義と利己主義が混同するときに発生するものです。
 このディープ・エコロジーの考えから、今まで倫理学者が考えてこなかった世代間に渡る倫理的問題が考察できるようになります。

14.2 自然界に権利は拡張するか
 権利は本来人間がもつものと考えられてきました。しかし、自然を守るために動物の権利を認めるような訴訟も起きています(参考:ロデリック・F・ナッシュ[1999]『自然の権利――環境論理の文明史――』、松野広訳、筑摩書房[ちくま学芸文庫])。

14.2.1 動物開放論
 これは環境倫理の分野ではありません。動物開放論は1匹1匹の動物を開放せよという主張です。19世紀のイギリスが出発点で、生体解剖の中止を訴えるために考案されました。
 まず、「なぜ人間が平等だと語られうるのか」と言われたときのために、利害関心への配慮の平等から平等を語ってみます。「人間は誰でも苦しみを感じることができる。そしていつも苦しみを受けるのは人間誰でも嫌だ。だから苦しみは人間に平等の根拠を与える。」と考えれば、苦しみへの平等な配慮は人間にとっての平等を語る根拠となり得ます。
 では、苦痛は人間だけが感じるものでしょうか。苦痛は動物も感じます。ならば「苦しみへの平等な配慮は人間だけでなく動物にも必要である」と導くことができ、「人間にしてはいけないものを動物にしてもよい」のは差別だと批判できます(種差別主義への批判)。

14.2.2 「樹木の当事者的確」
 これは樹木に裁判権を与えるという議論で、1970年にクリストファー・ストーンが主張しました。当時アメリカのネバダ州で、ミネラルキング渓谷を切り開いてリゾート地を作ろうとする計画がありました。そこで環境保護団体のシエラ・クラブは裁判を起こしました。しかし1972年に最高裁判決で敗訴してしまいました。
 この運動の基礎にある概念が法操作主義です。これは、「法は人間が運用するのだから法を操作することによって動物や植物が裁判できるように法を変えることができる」という考えを基礎にしています。ただ、法操作主義の条件として、以下の問題を克服しなければなりません。

α.自然物は訴訟を起こせるか
 動物や植物が自分で裁判を起こすことはありません。ならば、代理人方式で人間が自然の代弁者として裁判を起こせばよいのです。しかし、この立場では人間に自然の要求が理解できることや、人間に自然の代理が務まることを示す必要があります。

β.利益侵害(損得計算)を語ることができるか
 裁判ではダメージをどのくらい受けたかを客観的に示す必要があります。ストーンは「開発した段階から元に戻すのにどのくらいの期間がかかるのかを考えれば分かる」と主張します。

γ.勝者に受益が与えられるのか(受益者になれるか)
 裁判で勝訴しても、その受益を自然が受けることはできるのでしょうか。ストーンは、「保存基金を作って保存すればいい」と考えます。

 1973年にアメリカで「絶滅の危機に瀕した種の保存法」が成立し、絶滅危惧種に関して市民が代理人となる裁判が増加し、以後「自然の権利訴訟」で勝訴も増加しました。

 ところで、自然に対する環境権の意味するものは、ストーンはあくまで「回復不可能な侵害の禁止」が主眼であり、環境権の承認と自然にすべての権利を承認することとは全く違います。

 以上から、人間と動物の差を苦痛によって、人間と植物の差を法の操作によって解消しようとする動きを見てきました。これとは別に、より人間にできることとは何なのでしょうか。

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