[倫理学][道徳]13. 生命倫理学――パーソン論

13.1 パーソン論の射程
 パーソン論のパーソン(person)は「人格」を意味しますが、パーソン論を「人格論」と訳すと分けが分からなくなるので「パーソン論」のままにしておきます。
 1997年に日本で臓器移植法が施行されました。その前の1992年には脳死患者の臓器摘出のために大阪府警に検死を求めたが、府警は殺人罪になるとして拒否する事件がありました。脳死患者は人間であってもpersonではないと考えられていました。
13.1.1 人工妊娠中絶の問題
 人工妊娠中絶は自己決定の問題として承認されており、しかも女性の自己決定権が優先される性格を有します。1973年のアメリカの最高裁判所判決で、自己のプライバシー件に基づいて妊娠24週以前の中絶を認める判決が下りました。妊娠24週以前の胎児は自分で生存することができず、固有の存在とは認められないと裁判所は判断しました(日本では妊娠21週と6日までです)。自分が望まない妊娠を中絶することは即ち、中絶希望者の自己決定権が胎児の決定権よりも優先されることを意味します。
 これに対して、「母体内の胎児はやがて大人になり、つまりpersonになる潜在能力があるのだから、胎児に対して中絶をするのは善くない」とする潜在説が出てきました。しかし潜在説にも異論や反論が相次ぎました。例えば「Bは大統領として陸海空軍を統帥する権利を持つ。故に、5歳のBには大統領になる可能性があるので、5歳のBに軍の統帥権を持たせるべきだ」のようなテーゼが、潜在説ではいくらでも出来てしまうのです。
 では脳が生きはじめたときに人間が生きはじめたと考えて、胎児に脳液が出てきたらその段階で生きはじめと考える脳生説による線引きが考えられますが、胎児に脳液が出てくるのは大体妊娠6週目の初め頃なので非常に厳しい基準となります。

13.1.2 パーソン論
 パーソン論とは「生物学的なヒトは、それだけでは『人格(person)』と認められず、その『人格』としての要件を欠いた存在者の死を引き起こすことは許される」とする考えです。パーソン論を採用すると、「ヒトはヒトだけではpersonではなく、personではない者の死を引き起こしても殺人ではない」と考えられます。パーソン論では生命権の主体はあくまでpersonであり、生物学的ヒトではありません。
 もう少し具体的に考えます。personの要件は「自己意識を持っていること」です。これはジョン・ロックの『人間悟性論』の議論ですが、自己意識とは「黒板を見ている」というような何らかの対象意識を持ちつつ、「自分は対象(黒板)を見ている」と自覚している意識を意味します。パーソン論に戻ると、そのような自己意識を持っていることは生命体に限られています。
 では、なぜ自己意識を持っている人間がpersonを欠いた存在者の死を引き起こせるのでしょうか。自己意識を持っている人間は欲望を欲している自分を反省して本当に欲するかを考え、自分をコントロ−ルします。自己意識を持っている人間は「自分は生きている」と意識し、その意識の主体の「私」をも自覚しています。その「私」が「死にたくない」という思惟を持っているからこそ、「私」の自己意識のない存在者はpersonと見なされず、死が引き起こされるのです。

13.1.3 パーソン論の展開
 パーソン論の代表人物を挙げておきます。まず、M.トゥーリー(『嬰児は人格を持つか』)は、「嬰児は自己意識を持たない」という一般論から、「嬰児(出てきたばかりの存在)は出てくる直前の存在と違いはないので、嬰児殺人は許容される。故に胎児も利害関係は分からないので中絶してもよい」と考えました。
 また、T.エンゲルハートはpersonを社会的意味での人格と定義づけ、社会的にpersonではないと判断されて不利益を被る人間・存在者(例:老人ホームの入居者、重度障害者)にもpersonを認めるべきだと考えました。

13.1.4 パーソン論の問題
 しかし、パーソン論が拡大すると問題が起きます。まずパーソン論が差別的選別を生む問題です。新生児に重度の障害がある場合、普通の生活では生きることができないでしょう。その時にパーソン論は「生まれた赤ん坊に死を引き起こしたいと思うことがあるから、ここで死なせてしまおう」とする考えを認めてしまいます。ここで生命の選択的中絶が起きてしまいます。いわゆる「命の選別」です。
 また、「自己意識がある存在」を規定するのは大変困難です。この困難な理論を厳格に運用すること自体が無理だとする主張もあります。

13.1.5 パーソン論が正しい方向
 パーソン論に妥当性があるとすれば、他者を尊重するための理論としてパーソン論を使うしかありません。カントの定言命法にもあるように、人間はただのモノではなくpersonである点を見失ってはいけないでしょう。老人ホームで入居者がモノに見えてしまいそうなときのように、単にモノに見えそうになった時にpersonだと思わせるような使い方が唯一の使い方でしょう。

13.2 クローン人間の実験はなぜ禁止されるべきか
13.2.1 クローン技術の人間への応用
 話は変わってクローンの議論に入ります。1997年にクローン羊「ドリー」が誕生し、1998年に日本で牛のクローンが誕生しました。牛クローンはメスのコピーを作って家畜を効率的に増やすことを目的にしていますが、クローン技術が人間へ応用されることは問題を孕んでいます。
 ヒトクローンは「第三者のDNAを混ぜて使うくらいなら自分のDNAを使うほうがましだ」とする意図で不妊治療や事故死した子供のDNAを使った子クローンの生成に利用することが考えられています。

13.2.2 人間のクローンの問題
 ヒトクローンにおいて、^汰汗が不確かであること、∋匐,鮨討琉造蕕のための単なる手段にすること、人間の尊厳を傷つけること、ぐ篥岨劼梁人誉が失われることなどが問題視されています(しかし、 嵒坡里だからいけないというのは何でも初めは不確かなのだから根拠になっていない」、◆崑荵粟こΔ世辰道匐,鯱働力にしており、また店の跡継ぎのためなどで、現に子供を手段化している」、「クローンは別固体であり別人格として育つのでオリジナル当人の人格は傷つかない」のような批判もあります)。特にい砲弔い討蓮◆崢名錣1組のカップルからのDNAの組み合わせパターン(約64兆)の中の1つにして1人の人間が生まれるのに(多様であればさまざまな環境に適応できます)、クローンは親のDNAの1分の1からしか生まれてこない」ということが根底にあります。

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