[政治学、政治思想…政治哲学入門][倫理学]7. 公共性と市民(2)共同体主義(Communitarianism)

7. 公共性と市民(2)共同体主義(Communitarianism)
 共同体主義(コミュニタリアニズム;Communitarianism)はリベラリズムの形骸化への批判として生まれた。即ち、実質的な善やアイデンティティなしでは何らかの歪みが起こるとし、自立した個人は何らかの文化的な背景を背負っており、その文化的背景が社会に存在しなければならないと主張した。コミュニタリアニズムはリベラリズムが中立国家を掲げ、社会的文脈という「負荷なき自己」を無視していると批判する。

(1)コミュニタリアニズムの論点
|耄国家か共通善国家か?
 まず問題になるのは、リベラリズムに共通する考えとして、「自己の善や人生の目的がどのようなものであるべきかを決定する権利は自分である」という自己の善に関する自己決定権である。ここには、自己決定の価値こそはじめて価値決定の吟味がなされ、自己決定の自由を保障することが各人が最善だと思うことを決めるのに不可欠なことであるという考えがベースになっている。ロールズの議論に敷衍していえば、各人の善を構想し決定することに、国家は国家基準としてあくまでも「善い生とは何か」に関して中立の立場であること、即ち中立国家であることが不可欠である。国家は各人の自己決定のための社会的基本善(primary goods)の配分のみを行い、それ以上の配分をすべきではない。このような考えを善についての薄い理論(thin theory of the good)と呼ぶ。
 コミュニタリアニズムは、リベラリズムが上記の自己決定能力を誤解していると批判する。特に、マイケル=サンデルに代表される議論だが、コミュニタリアンはリベラリズムが「自己決定をどのようにしたら有意義な行為とされるのか」という社会的条件を無視してしまっていると主張する。正と善を区別すると自身のアイデンティティを正しく把握できない。

◆嵒蕾戮覆自己(unencumbered self)」?
 1980年代にリベラル=コミュニタリアン論争は終結し、もはやサンデルが言う「負荷なき自己」問題はリベラリズム、コミュニタリアニズム双方にとっての共通項となっている([例]1990年代以降、「マイノリティの文化について国家は中立的な立場のままでは保護できないため、積極的な保護に乗り出すべきだ」など。中立国家のような何の価値にもコミットしない国家では、競争主義による場面を文化にまでさらすことになり、文化的多様性を守ることができない)。サンデル『自由主義と正義の限界』では、各人は何らかの社会的・文化的背景を持って生まれて、言語解釈などを通して自己のアイデンティティを確かめるとした。各人は社会的文脈から切り離された「負荷なき自己(unencumbered self)」ではなく、社会的文脈や伝統などに「位置づけられた自己(situated self)」としてとらえ、それを前提に議論をすべきだとする。リベラリズムは自己を社会的文脈から距離を置いたところから出発するが、コミュニタリアンに言わせれば、社会的文脈から離れて外から判断する自己も何らかの判断基準(社会の中で培われたもので、リベラリズムはこれを無視していると批判する)によって思考している。よって、政治は共通善を掲げることで個人個人に社会的役割を自覚させることによる自己決定ができるようにしなければならない。

社会文化の文脈
 現代のコミュニタリアニズムの主張の特徴である「位置づけられた自己」は、人間は価値を何らかの形で共有し、その価値の内容を問う人間観であり、リベラリズムの人間観のように中立化できない(ただし、価値観にも優先順位がある)。価値観とは、共同体の生活様式をも規定し制約するものであり、各人の自由の追求よりも前提されるべきものである。リベラリズムでははじめに共通善となる目的があるのではなく、はじめに各人の目的がありそれらに共通する項目がまとめられていくものとされる。結局、リベラリズムとコミュニタリアニズムの自己の捉え方の違いは、「自己」の内容が決断・自立性か意味づけ・解釈性かの違いによる。

(2)リベラリズムの「自己」への批判
 再度、ここでコミュニタリアニズムの批判を確認する。

ー由な「自己」の内容は決断か状況づけか?
 チャールズ=テイラーはリベラリズムが自己を「全ての状況を合理的に決定できる存在」として規定し、社会的な文脈の外へと置いていることを問題にする。ただし、リベラリズムからの反論として、具体的な生の目標は大切だが、それを選び特定の価値へとコミットするための方法としての「手段としての決定」があるだけのことで、自由な選択行為それ自体には価値はなく、その後に価値が必要となる場面は認めているという議論がある。

∨寨茲痢崋己」とは何かを分かっていない…〈自己〉が先か〈目的〉が先か?
 サンデルは自己は目的に先立って自己を認識できるのではなく、自己は既に先立って埋め込まれている社会的文脈を踏まえて発見されるものであるとする。リベラリズムは社会的文脈から離れて事故や価値観などを再帰的に問うことを強調するが、むしろ、すでに発見された価値関係を問える自己の重要性をサンデルは強調する。つまり、自分自身が何者かを常に解釈しなおし、社会との関係において意味づけを常に行い、自己のアイデンティティの限界・境界を常に更新し続ける存在こそが自己なのである。
 このサンデルの議論を政治に応用すると、"Democracy's Discontent: America in Search of a Public Philosophy" (Harvard University Press, 1996)の議論では、リベラリズムを「手続き的共和主義」と称し、選択の自由を重視する主知主義的な見方で、善に対する権利を優先する中立国家論が問題と指摘する。対して、サンデルは自身の考えを共和主義(市民的共和主義)として、自分自身で自己を決める自己統治の自由を重視し、共通善を実現するため、善を積極的に教育するための国家を構想する。それはアリストテレス流の市民的徳の育成のプロジェクトと言える。ただし、サンデルが構想しているのは、共通善の教育がある特定の考えを一元的に押し付けているものではなく、トクヴィルやジェファソンのような小規模の統治が成り立っている共同体が多元的に重なり合っている国家像である。

(3)リベラリズムは少数文化を守れるか?
(顕重多様性の保持には中立か共通善か?
 テイラーは、自己決定能力は自己が前提とすべき特定の社会の下で行使されるものとした。有意味な自己決定の前提である社会や文化環境は、中立国家によってではなく、共通前国家によってのみ促進される。
 リベラリズムでは、文化の評価は文かを評価する市場に任せればいいので、その市場への介入は適切ではないとする。しかし、コミュニタリアニズムは、文化の中立性の担保を市場や多数決原理に任せてはすぐに壊されてしまうと警告する。市場にて残る文化は流行の文化であり、将来に多様な文化を残すことはできない。そこで、国家は文化を守るために介入政策を行うべきとするが、その方法として、特定の文化を保護する政策に国家自体が着手する直接的介入か、文化保護政策に市民団体などへの補助を通して社会市場に任せ、国家が直接タッチしない間接的介入とに分かれる。つまり、文化保護への介入を国家に期待するか社会に期待するかの違いである。

公共性の場を国家に見出すか社会に見出すか?
 ロールズは、共通の文化的実践に必要なのは、対等な社会的連帯であり、国家ではないとする。コミュニタリアニズムは、国家や共同体が機能しなければ公共性など維持できないと主張する。文化の多様性は歴史的産物で、それを自由放任や寛容主義だけで文化を守ることは不十分であり、文化の歴史性をリベラリズムは学ぶべきだと批判する。

9餡箸寮掬化には善の共有が必要か否か(中立か共通善か)?
 リベラリズムは、社会のレベルでは特定の善を認め、国家のレベルでは中立の立場を明確に区別するため、国家と個人の間には断絶があり、実際の個々人の善と目的とが結びつかない国家や正義の義務を誰も負わないのではないかという問題がある。人間は何らかの特定の善へコミットしない限り、社会的善を達成できない。ただし、ギリシアのポリスや近代市民社会でさえ、奴隷的階級層の存在の事実があったように、特定の善について歴史的事例に求めるのには無理がある。
 要は、リベラリズムにせよコミュニタリアニズムにせよ、「個人が自己決定するために社会に依存しなければならない」のは同じであり、社会が国家にアクセスする方法として、中立性を求めるのか依存性を求めるのかの違いがある。ただし、1980年代にはどちらでもマイノリティ問題が十分に語られたとはいえず、やがて1990年代以降、環境問題がより深刻な形で顕在化する。

にほんブログ村 教育ブログへ
↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑
 よろしければクリックのご協力をお願い致します。

スポンサーサイト

にほんブログ村 教育ブログへ
↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑ ↑
 よろしければクリックのご協力をお願い致します。
  • 2019.10.28 Monday
  • -
  • 18:15
  • -
  • -
  • -
  • -
  • by スポンサードリンク

コメント
コメントする








   

+ Search This Site.
Google


WWWを検索
http://tmaker.jugem.ccを検索

Recommend

Recommend

Recommend

Recommend

Profile

Calendar

S M T W T F S
     12
3456789
10111213141516
17181920212223
24252627282930
<< November 2019 >>

Categories

Archives

Links

Selected Entries

Recent Comment

  • [授業実践:特別支援教育高等部(課題別学習)][学習指導案(学習活動案)][ワークシート][指導資料]「時計文字盤」・「スケジュール帳」
    JUMP (05/30)
  • [授業実践:特別支援教育高等部(課題別学習)][学習指導案(学習活動案)][ワークシート][指導資料]「時計文字盤」・「スケジュール帳」
    T-Kreuzung (05/27)
  • [授業実践:特別支援教育高等部(課題別学習)][学習指導案(学習活動案)][ワークシート][指導資料]「時計文字盤」・「スケジュール帳」
    JUMP (05/23)
  • [高等学校公民科(政治・経済)(2017年度)][授業実践]17. 基本的人権の保障(2)精神の自由の制限は認められるのか?
    T-Kreuzung (05/28)
  • [高等学校公民科(政治・経済)(2017年度)][授業実践]17. 基本的人権の保障(2)精神の自由の制限は認められるのか?
    NIK (05/27)
  • [授業実践:中学校社会科(歴史的分野)][ワークシート]57. 朝鮮・中国への進出 ぢ耋僉γ羚颪諒儔
    T-Kreuzung (03/30)
  • [授業実践:中学校社会科(歴史的分野)][ワークシート]57. 朝鮮・中国への進出 ぢ耋僉γ羚颪諒儔
    望月慈希 (03/25)
  • [出来事の記し(駄文日記)]東京都町田市・町田えびね苑
    くぼた (04/30)
  • [授業実践:特別支援教育高等部(自立活動)][非常勤講師(2008年度)]掲示物:「おならをしない!!」、絵カード:「おならは外で!」
    ゴンザレス田中 (05/26)
  • [出来事の記し(駄文日記)]「RING GENERATIONS 〜RINGとの対話〜」
    佐久間大介 (10/22)

Sponsored Links

Others

Mobile

qrcode

Powered

無料ブログ作成サービス JUGEM