[倫理学][道徳]16. 環境破壊と平和の倫理学

16.1 戦争と環境破壊
16.1.1 ヴェトナム戦争
 ヴェトナムは国土の約40%が熱帯雨林で、地上での戦闘を行う場合はゲリラ戦となり、戦いにくい環境です。そこでアメリカ軍はヘリコプターで枯葉剤を散布してゲリラ戦を行えないようにしました。ゲリラ戦が行えなくなったところでナパーム弾を投下して森林を焼いて上陸し、ブルドーザーで表土を取って大木が育たないように雑草を蒔きました。そのため、ヴェトナムの森林面積が約21パーセントに減少しました。

16.1.2 湾岸戦争
 1990年8月にサダム=フセイン政権だったイラクがクウェートに侵攻しました。これに対してアメリカを中心とする多国籍軍が1991年1月17日に「砂漠の嵐」作戦を決行し、バグダッドや重要軍事拠点に空爆を行いました。このとき、オイルに塗れたウミドリの写真が新聞などに掲載されました。これはイラクが多国籍軍を上陸しづらくするために、クウェートの油田を破壊してオイルを流したことに起因します。当時のアメリカのブッシュ大統領はこれを「環境テロリズム」と非難しました。
 また、湾岸戦争では300tの劣化ウラン弾が使用されました。屑鉄を拾って金を得ようとする貧しい子ども達は劣化ウラン弾を素手で持ち歩いたため、子ども達は癌化し、早い年齢で死亡していきました。

16.1.3 核による環境破壊
 核兵器は1発で大量の人間や自然環境を破壊することができます。そのため戦闘遂行には非常に合理的な武器とも言えます。しかし、核兵器はその強力な破壊力や影響の故に人間生活や自然環境にとって驚異的なものでもあります。1996年に包括的核実験禁止条約が締結されましたが、未だに本格的に批准される動きがありません。第2次世界大戦から1996年までに2044回の核実験が行われました。核の恐ろしさはビキニ島の事例が証明しています。

16.2 平和の倫理学
16.2.1 改心か威嚇か
 平和を実現するのでしょうか。アルトは、今までの平和観を改めるように主張しました。今まで我々が「他人から自分を守る」と考えがちであったが、この考えが平和をもたらさないのならば、むしろ「他人を自分から守る」ことから平和を考えるべきだとアルトは言います。人類史の中で既に戦や争いがあったことから、人間は誰もが攻撃性を持っていると導き、自分の攻撃性から他者を傷つけないように自己を律しなければならないことが重要だとアルトは考えます。しかし、この考えを守ることをしない人間が1%でも存在すれば、彼らが残りの99%の人間を征服することも可能で、この考えが空転します。
 また、グリュックスマンは、人類は核の下で生死の境にあるので危機に存しているのだから、相手が核で攻撃してきたら、我々は自分の命を守るために核でもって正当防衛をすることができると考えました(これは東西冷戦構造下での発想でしたが)。正当防衛は、自己の生存の危機に対して法で認められないことを認めるという考えです。

16.2.2 平和論
 1980年代には、マイケル・ドイルがまともな民主主義国家が戦争をしなければ戦争は起きないと考えました(民主的平和論)。しかし、誰が「まともな民主主義国家」だと判断するのでしょうか。
 カントは『永遠平和のために』で、もう二度と戦争が起きない状態の実現について考えました(永久平和論)。カントが言及する「平和」は、政治学での「平和(戦争のない状態)」とは異なります。カントによれば、複数の国家観の関係はホッブズが言及するような自然状態、即ち戦闘がなくとも常に緊張関係がある「闘争状態」にありました。この状態から脱するために、複数国家間の上に立つ原理を構築し、その原理から永遠平和を実現するべきだと考えました。カントにとっては、平和条約がない国は未だに戦争状態です。
 また、「戦争を止めさせるためには、ある程度の戦力の行使が必要だ」という考えから、<戦争を止めさせるための戦争>のために、戦時中に許される行為をルールで定める「正しい戦争」論もあります。戦争のルールは、戦争目的規制(jus ad bellum・「戦争に対する法」)と戦争経過規制(jus in bello・「戦争の中の法」)の2つから成り立ちますが、それぞれの具体的な内容に関する具体的・統一的な見解は未だに形成されていません。

16.3 どのような平和が環境に適合するか
16.3.1 コミュニケーションによる平和創出
 平和を構築するためには、平和を構築しようとする相手との協力が必要です。相手との協力のために、不信を作り出さないことが求められます。不信はコミュニケーションの意思を削ぎ、やがて争いを引き起こします。「何を考えているか分からない」という不信をなくすためにも、コミュニケーションが大切です。そして、テロリズムはコミュニケーションの阻害要因ですのでなくしていかねばなりません。
 しかし、コミュニケーションは口で言うほど容易なものではありません。「話せば分かる」という前提でコミュニケーションに臨むことほど危険なものはないのです。今の自分の身構えを変える意思がなければコミュニケーションは成立しません。この問題については後述します。

16.3.2 核兵器のない平和
 核兵器は使用の是非に関わらず環境負担をかけます。そのため、これ以上の核の増加を食い止め、さらに、現在あるものを無害化するように努めなければなりません。
 1983年にセーガーは、もし全面核戦争が起きれば大規模な火災が発生し、大量の煤と煙が舞い上がり、それらが大気圏に達して日光をさえぎれば、気温が低下して、多くの生物が死滅すると主張しました(「核の冬」理論)。もし生物が生き延びても、核物質で汚染された環境下では生き延びられず、もし日光が地上に注いだとしても、オゾン層が破壊された下では、強い紫外線によって皮膚がんを進行させるだけだとセーガーは考えました。

 たとえ現実的に難しいことでも、理想に向かって近づくことにより、一定の「正しさ」を歩むことはできます。その「理想」について考えていくのが哲学/倫理学の役目です。

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