[社会学][都市社会学][災害社会学]北海道南西沖地震について

 今、汚い我が家を大掃除中で、パソコンのデータなども整理・消去している最中である。そこで、フロッピーディスクに入っている学生時代に書いたレポートを、フロッピーにバグを起こらないうちにアップデートする。以下、レポート。


●2003年度 『総合演習』E 「環境変容と社会変動」演習1 レポート 「北海道南西沖地震について」

1 地震の被害規模・実態・背景
1-1 地震の規模
 平成5(1993)年7月12日22時17分頃、北海道南西沖の北緯42度47分、東経139度12分、深さ34kmを震源とする、マグニチュード7.8という地震(「平成5年(1993年)北海道南西沖地震」)が発生し、北海道奥尻島を中心に、北海道や東北地方の各地で震度5の強震から震度4の中震を記録した。奥尻島は地震計が設置されていないため震度6の烈震と推定されている。(国土庁編、1994年、p.125)

1-2 被害状況
 この地震で、地殻変動による地割や陥没、建物の倒壊、液状化現象による田畑や道路など、各地区で大きな物的被害をもたらした。特に、奥尻地区では、「地震発生直後、大規模な崖地の崩壊により、ホテルとレストラン、灯油備蓄タンクが一瞬のうちに飲み込まれ、島外からの宿泊客を含む29名の尊い命が犠牲」となった。(奥尻町、2003)また、地震発生後5分で島の北・西海岸に津波が到達し、7分後に奥尻東南海岸に到達した(気象庁公式データ)。だが、津波警報が出る前に津波第1派が襲い、避難行動ができなかった。津波の到達した高さは最高で藻内地区の29mにも達したが(気象庁発表)、31mという説もある。更に、地震・津波が原因で出火したものと推測される火災が発生し、特に青苗地区(奥尻最大の漁業町)の建物火災は、鎮火まで広範囲にわたり延焼が続き、津波の直撃を受けた市街地の被害に拍車をかけ、青苗地区は壊滅状態に及んだ。この震災で奥尻島を中心に死者202名(奥尻島内172名、また死因は津波による溺死者が138名と圧倒的に多く、30歳代後半〜50歳代や高齢者に犠牲者が多い)、行方不明者28名(同26名)、重傷者3名(同50名)、軽傷者240名(同93名)に達した。また、北海道全域の建物に被害は全壊601戸(同437戸)、半壊408戸(同277戸)、一部破損5488戸(同827戸)、床上浸水216戸(同47戸)、床下浸水136戸(同11戸)に達し、特に津波による土砂崩壊、建物破壊・流出等の被害が多く、海岸部の幹線道路が至る所で寸断された。そのため、道路被害288億円、漁港被害100億円、漁船沈没流出被害30億円、林地被害154億円等、奥尻島の被害総額は、約664億円に達した。(奥尻町、1996年、p.208,230)


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[社会学][理論社会学][社会システム論]デジタル・ネットワーキングによる公共圏構築について

 今、汚い我が家を大掃除中で、パソコンのデータなども整理・消去している最中である。そこで、フロッピーディスクに入っている学生時代に書いたレポートを、フロッピーにバグを起こらないうちにアップデートする。以下、レポート。


●2003年度 社会学研究 1 社会構造と社会理論(その1) レポート 「デジタル・ネットワーキングによる公共圏構築について」

 本稿では、干川剛史が『公共圏の社会学――デジタル・ネットワーキングによる公共圏建築へ向けて』で主張している「デジタル・ネットワーキング(インターネット等のデジタル・メディアを利活用して展開される対策立案・提示・実践活動)」による公共圏建築の議論より、新たな市民的公共圏を建築しようとしている状況を見ることを試みる。

 干川は、公共性論の源流となったハーバーマスやメルッチ、更に日本国内の主要な公共圏論、花田達郎、阿部潔、NPOの議論を手がかりに、現在の状況に適合した公共性の再構成のための手がかりを述べる。
 ハーバーマスは、公共圏を生活世界とシステムの社会構造の中での市民社会における各専門性を持ったものと規定し、情報通信手段の発達に伴い社会構造が大きく変化する中で、人々が共通の課題の解決のためにメディアを媒介して討議やコミュニケーション行為を経て世論を形成し、国家・経済システムに対して作用しコントロールする公共圏論を展開した。
 メルッチは今日の「複合的情報社会(経済や政治などの社会的諸活動が情報の生産と循環に依存するようになった社会)」での、代議制政党政治が形骸化し、市民の利害関心が政治へ反映されにくくなった状況で既存の権力を正当化している「コード(言説の意味内容の構成・解読規則)」を暴露し、変更を要求する紛争(「新しい社会運動」)が展開する場としての、代表のための公共的空間(ハーバーマスの「政治的公共圏」と「メディア公共圏」を合わせたもの)を主張した。
 花田はハーバーマスの議論を展開し、公共圏を市民社会としての関係概念と区別された実体空間と位置づけ、市民社会から制度化された空間であると主張するが、干川は公共圏を実体空間として区分することは出来ないのではないかと疑問を付し、マスメディアによるジャーナリズム機能の健全化による公共圏の再建を主張する花田の議論を批判する。
 阿部はハーバーマスの公共圏論の不十分さを指摘し、公共圏の実体が社会的権力闘争の場となっていることを指摘し、規制緩和と私的所有化のもとでの情報化から生じる問題を論じつつ、ハーバーマスの「政治的公共圏」での自由で平等な議論を実現化するための方策としての公共圏概念を問題提起する。しかし、花田の場合と同様に、マスメディアにおけるコミュニケーション過程を経たメディア論の域を出ていないと干川は言う。
 即ち、以上の議論はマスメディアの機能の重要性を指摘しているが、誰でも、いつでも、どこでも、誰とでもコミュニケーションが可能なインターネットのようなマスメディアを介さない世論形成・情報伝達についての議論が不十分であると干川は言う。
 また、NPOセクターにおける公共圏論においても、経済的観点からの説明としての第3セクターの観念も、政府・企業の活動領域の残余としての社会的領域を指すものにしか過ぎない。

 そこで、次に干川が提唱するデジタル・ネットワーキングの展開過程を概観する。そもそも展開の背景として、グローバル化と情報化が進行し、湾岸戦争時のような、マスメディアによる情報操作が行われるようになり、意識的に他者とのコミュニケーションを通じて状況の批判的検討をしなければならない状況がある。そして、日本でのデジタル・ネットワーキングの展開の契機となる阪神・淡路大震災での情報ボランティア活動で、「Inter C net(メーリングリストを通じて平常時には地域コミュニティの構築に、災害時には救援活動の情報支援を行う)」や「はりまスマートスクールプロジェクト(播磨地域の学校を中心とした産・学・公・民をつなぐネットワーク)」等の地域ネットワークを通じて、個々のテーマで展開されるデジタル・ネットワーキングが特定のコミュニティを形成し、相互に緩やかに結合することで、公共圏の情報流通・活動基盤が構築される過程の中においては、デジタル・コミュニティに特有な、親密性志向(特定の話題について特定の人と情報伝達を行う)と公共性志向(いつでも、どこでも、だれにでも開かれている)が見られ、特に阪神・淡路大震災での「情報ボランティア(災害時に救援活動や被災者支援に必要な情報を、インターネットを利用して収集し、伝達するボランティア)」のように、公共圏志向が社会的影響力を持つようになっていった。

 震災時の情報ボランティアを契機にその後の有珠山噴火においての「有珠山ネット」や伊豆諸島火山災害の「島魂」等の情報支援活動が、マスメディアや政府が伝える情報ではカバーしきれない、地区レベルでの情報を伝達する手段として活躍した。
 干川は、以上の展開されているデジタル・ネットワーキング活動を基に、情報流通・実践活動空間としての公共圏概念を述べる。
 干川は、「公共圏」を、「市場経済圏(企業が利潤追求を行う領域)」・「行政圏(政府や自治体が行政サービスを行う領域)」・「プロフェッショナル圏(専門職が研究成果や専門的サービスを提供する領域)」・「マスメディア圏(社会的諸領域から情報を収集して情報を伝達する領域)」・「親密圏(家族・友人等身内や親密関係の中で生計維持や安らぎを得る領域)」の各領域で対処しきれない、環境、福祉、大災害等の問題に対して、各領域で営む人々が共通の関心の基で自発的に、各社会的領域から諸資源(ヒト・モノ・カネ・情報等)を調達しながら連携し合って取り組んでいく領域と規定する。そして、公共圏の成立のために、各領域で共通の関心事に取り組むために行為主体(企業、行政組織、専門家、マスメディア、個々人)と市民活動における個人や団体・諸組織の間でコミュニケーション(インターネット・電話・FAX等を通じて)が行われ、その情報の交換や共有を通じて、情報が流通する場としてのデジタル・コミュニティが形成される。このデジタル・コミュニティを媒介に資源が各市民団体と各領域主体の間で流通され、社会的ネットワークが張り巡らされながら各々のデジタル・ネットワーキングが展開され、更に各テーマ別公共圏の主体間で共通の関心事についての連携が行われ、各公共圏の間にネットワークが結ばれて複雑なネットワークとしての公共圏が成立することになる。
 しかし、公共圏構築のための課題も存在し、デジタル・コミュニティの発言者は全参加者の8分の1程度に過ぎず、また問題解決の議論より議論のための議論を延々と行っている等、実際は特定の参加者の発言に偏っている場合が多い。このため、参加者の多数の賛成による合意形成が困難である。更にデジタル・ネットワーキングの主体としてのNPOにも、人材・資金不足や運営能力、支援制度等の問題があり、特にインターネット利用においては、公開性・専門性・目的・実態等の情報が十分に管理・流通されることが重要となる。
 それでも、干川が提唱する公共圏は、インターネットが出来る環境がほぼ普及している現在の(日本)社会において、ハーバーマスやメルッチ等が主張する公共圏とは違って簡単にアクセス出来、情報発信が容易な為に参加しやすいという利点がある。 
 以上、干川の議論より、デジタル・ネットワーキングによる公共圏構築についての状況を概観してきた。従来の公共圏―私的領域の区分が明確ではなくなり、各コミュニティから細分化された公共圏がネットワークとして、いわば従来の区分ではカバーできない部分を補う部門が現れた、より柔軟な公共圏が、即ち、新たな市民的公共圏が構築することがこれからの社会的ニーズに応えるために必要なこととなるであろう。

【参考文献・参考URL】
干川剛史(2001)『公共圏の社会学――デジタル・ネットワーキングによる公共圏建築へ向けて』、法律文化社.
干川剛史(アクセス日:2003.6.22)「干川剛史の『社会と情報』ホームページ」、
http://member.nifty.ne.jp/Thoshikawa/hoshikawaHP/2index.html.
はりまスマートスクールプロジェクト(アクセス日:2003.8.20)http://www.ssj.gr.jp/hssp/index.html.
はりまインターネット研究会(更新日:1999.9.20)http://www.memenet.or.jp/hir/.
有珠山ネット(更新日:2002.11.19)http://www.usuzan.net/.
「島魂」、三宅島ネット(更新日2003.6.1)http://www.miyakejima.net/.

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[社会学][理論社会学][社会システム論]パーソンズの社会システム論

 今、汚い我が家を大掃除中で、パソコンのデータなども整理・消去している最中である。そこで、フロッピーディスクに入っている学生時代に書いたレポートを、フロッピーにバグを起こらないうちにアップデートする。以下、レポート。


●2003年度 社会学研究 2 社会学理論と社会構造(その2) レポート 「パーソンズの社会システム論」

0. 本稿の目的
本稿では、パーソンズの社会システム論について採り上げる。


1. 構造‐機能分析
 パーソンズは社会システムを行為理論的な基礎づけのもとに展開する。パーソンズは社会システムを、個人の行為者の行為特性には還元しえない創発特性を含む、複数の行為者の相互行為や相互行為システムにとって、直接の構成単位である役割といった分析的な概念によって構築されると考える。
 すると、相互行為システムはその問題点として、自己を他者と区分するために、欲求充足のために行う自身の行為が、その行為作用に対する反応としての相手の反作用に依存する状況に陥る(二重の相互行為性(double contingency))。これを克服するために、〜蠍濺かつ相補的期待(exception)が双方に抱かれねばならないこと、規範的文化の共有が必要である。これらの要件を満たすことによってシステムは相対的に安定が保たれる。
 また、一定の創発特性を持ったシステムは相対的に恒常性を確保したことによって、「システム」として概念化されるようになる。その場合に「システム」は、〜蠍澎預検interdependency)、均衡維持(equilibrium)、6界維持(boundary)、ぜ己規制(self-regulating)という特質を持つ。
 このようにシステム概念を基礎づけた上で、パーソンズは社会システムの分析を試みるが、社会システムの構造分析と機能分析を結合するものとして構造‐機能分析を提唱する。この分析は過程の分析を基礎に置き、過程は次のように区別される。

 〃訃讐宗crystallization、構造化[structuralization])過程;相互行為が構造となる過程。人員・役割の配分、分化した各役割の統合によりなされる。
 均衡化過程;結晶化した社会システムを維持する過程。システムは文化・パーソナリティー・有機体(行動有機体)からなる行為内環境を開かれた社会として環境との境界相互交換を通じて維持を図る。
 9渋な册亜social change)過程;社会システム自体の構造が変化する過程。AGIL要件の「入力(input)‐出力(output)」の不均衡状態を端緒とする。


2. パターン変数(pattern variables)
 パターン変数は、役割を構造化するための指針である価値パターンの観点からの分析に使われる手法であり、行為を行う際に、行為者が直面するディレンマを定式化したものである。パーソンズはこのディレンマが5つの側面からなるものとして5組のパターン変数を提示する。

 ヾ蕎霎(affectivity)‐感情中立性(affective neutrality)
 限定性(specificity)‐無限定性(diffuseness)
 自己志向(self-orientation)‐集合体志向(collectivity-orientation)
 ど疂彈腟繊universalism)‐個別主義(particularism)
 ソ蠡伊椣漫ascription)‐業績本位(achievement)

 パーソンズはこのパターン変数を用いて、国民社会の支配的価値パターンとして普遍主義‐業績本位パターン(アメリカ合衆国の職業体系)、普遍主義‐所属本位パターン(ドイツ)、個別主義‐業績本位パターン(旧封建中国)、個別主義‐所属本位パターン(中南米社会)の4つを挙げている。しかし、このパターン変数の分析からでは社会システム自体の活動がシステムの構造維持や構造変動にどのように関係しているのかを明らかにしていない。


3. AGIL図式
 AGIL図式は、上記の問題点を明らかにするものとして導出されたもので、行為システムがシステムとして維持・存続していくために必ず充足されなければならない機能的要件(functional prerequisites)図式である。アルファベットはそれぞれ、A‐適応(Adoption)、G‐目標達成(Goal-attainment)、I‐統合(Integration)、L‐潜在性(潜在的なパターン維持、Latent Pattern-maintenance)を意味し、これらは‘眦(internal)‐外的(external)、道具的(Instrumental)‐成就的(consummatory)という要件のベクトル軸を交差することによって得られるものである。
 これより、パーソンズは社会システムの分析を試みる。社会システムは環境が課す緊急事態と機能的要件の間で平衡充足している自己充足的な全体社会を指し、環境からの課題を克服するために、社会システムは機能分化する。Aはシステムの活動のための外界から手段・資源の調達を担当し、Gは外界から提供された資源を支配し、システムの目標達成のために管理し、規制的に配分する。Iはシステム内の関係調整に携わり、Lはシステム内で制度化されたパターンやパーソナリティーの維持に努める。そして、システム内には4つの機能的要件図式のみならず4つの異なる機能分化した下位システム(それぞれ政治、経済、政治的共同体、信託システム)が存在し、下位システム間で相互にインプットとアウトプットを交換する「象徴(シンボリック)メディア」(例;貨幣)が現れる。


4. サイバネティクス
 上記のAGIL図式はサイバネティクス(フィードバック過程を通じての情報処理による目的達成のための制御)概念と結びつき、行為システムにおける4機能間にはL(信託体系)→I(社会的共同体)→G(政治)→A(経済)というハイアラーキーが設定される。上位のものほど情報度が高いので、その情報から下位を支配する。
 これより、社会均衡は社会システムの入力‐出力相互交換過程が象徴的メディアにより、行為システム水準においては状況規定→情動→遂行能力→知性と、社会システム水準では価値‐コミットメント→影響力→権力→貨幣というハイアラーキーから維持されることになる。


5. 結語
 パーソンズの社会システム論は、時代背景が原因であろうが、第2次世界大戦後のパックス・アメリカーナの社会理論であるという批判を受ける。パーソンズは、アメリカ合衆国社会が「近代の主導社会」であるとし、その社会秩序の枠組がグローバルな普遍性をもっていると考えていたためだ。しかし、諸個人の相互行為というミクロな視点とシステムというマクロな視点を結合し、社会システムという恒常性を持った概念を導出したことの意義は大きい。


【参考文献・参考URL】
遠藤雄三(1986)「パーソンズの社会システム論」、中久郎編『機能主義の社会理論――パーソンズ理論とその展開』、世界思想社.
富永健一(1995)『社会学講義』、中央公論社(中公新書 1242).

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[社会][メディア論]放送における公平・公正 Part.2

 朝日新聞が昨日の紙面でNHK番組改変問題の検証記事を大きく掲載した。読んでみると、以前の記事内容と大きな変化は感じられなかった。いわゆる詳しいダイジェスト版と言ったところか。
 以前にも書いたことだが、放送における<公平性・公正性>で扱われるべき要点は、<反論権の保障>にある。つまり、「ある言説が放送されたことに対して、それに反論する言説を放送することを保障されなければならない」と考える。<反論権の保障>によって、言いたい人の主張や、それに反対する人の主張が偏向せずに放送されることにより、誰にでも開かれた公平性・公正性(ここでは<公開性(Oeffentlichkeit)>)が確保され、<開かれた公共性(公共空間)>が維持されるのである。
 もし、新聞記事の内容の通りに、放送前に主張をして圧力をかけたことにより番組内容が改変されたのならば、<開かれた公共性>を損なわせることになる。しかしながら、放送後に反論や主張をした場合には、それらの主張をしっかりと放送する必要があるし、放送後に新聞記事のような反論をすればここまで大きな問題にはならなかっただろうと今更ながら思う。

【参考文献】
拙稿(2004.1.19)「放送における公平・公正」、http://tmaker.jugem.cc/?eid=94

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[組織論][システム論]「組織」についての雑感

 協働実践作業は難しい。能力が高く、実践意欲も旺盛な人間が集まっていたとしても、実践する「組織」として集結し、共通の目的を達成するためには、個々人の能力を存分に発揮する状況を整えることが求められる。
 組織は構成員が合意した協働実践のためのルールに則って運営される。その際の「ルール」は個々人の能力を存分に発揮する自由を構成員に確保する。「意識が足りない」と思う場合は、「個人のヤル気のなさ」の問題も考えられる。しかし、個々人の意識が高い場合には、「意識が足りない」という思いに自分自身を駆り立てる「システム」の問題が一因とも考えられる。
 システムが構成員にとって障害となる場合、システムのルールが、言わば「構成員の自由を奪っている」状態である。そのような場合には目的達成の為にシステムの改善・変更が必要で、構成員が効果的に活動することを可能にするルールを再構築しなければならない。その際には、改善するルールから成り立つシステムに、組織構成員が「このルールなら合意する」という信頼が不可欠だろう。信頼に担保されたルールから成り立つシステムこそが、個々人の自由の実現のための基盤を整えるのである。

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[沈思黙考の記し(コラム)][社会][メディア論]放送における公平・公正

 NHK番組改変問題で「番組放送において公平・公正が保たれるべきだ」、「そもそも公平・公正な番組などはない」とする主張がなされている。そもそも今回の問題での「公平・公正」とは何か。
 「公平・公正」はfairnessの問題として考えられる。即ち、「機会の均等が何人にも平等に保障されるべきだ」とするテーゼと、「ある実践により利益格差が生じる場合には、不遇なものが是正されるような措置が講ぜられるべきだ」とするテーゼが基本的な問題となる(この考え方はロールズの正義の2原理から)。ここでの「公平・公正」は機会均等としての公平・公正である。
 放送法では第3条2項に次のように規定されている。

 (国内放送の放送番組の編集等)第3条の2
 放送事業者は、国内放送の放送番組の編集に当たつては、次の各号の定めるところによらなければならない。
1.公安及び善良な風俗を害しないこと。
2.政治的に公平であること。
3.報道は事実をまげないですること。
4.意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。
(「放送法」[アクセス日:2005.1.19 ])


 上記で規定されている「公平・公正な放送原則」について言えば、「放送される情報について誰でも吟味・批判をすることができる」原則が保障されることがその目的である。つまり、放送される情報(内容)についての公平・公正よりも放送される情報に誰でも容易にアクセスすることができることが重要なのである(アクセス権の保障)。放送により不利益を被る人に対して、放送局は彼が批判できる場を用意することが必要で、そのことによって放送内容に対する公平性・公正性が確保される。今回の問題に対しては、いわゆる「偏向的だ」とされる情報であろうが、放送することで視聴者の吟味を問い、その後で批判・検証をすることで公平性・公正性を求めるしかあるまい(放送内容に関しては放送を見ていないので詳細は言えない。また、これ以上の論考は現時点での情報があまりに少ないことから差し控えることにする)。

【参考URL】
「放送法」(アクセス日:2005.1.19 )http://www.houko.com/00/01/S25/132.HTM、「法庫」(http://www.houko.com/index.shtml)所収.
町山智浩(2004.7.25)「放送の公平原則がなくなるとどうなるか?」、http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/20040725、「町山智浩アメリカ日記」(http://d.hatena.ne.jp/TomoMachi/)所収.

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