[社会倫理][平和][8.15終戦記念日][靖国問題]戦争反対論者のジレンマ

 私は平和を希求する。しかし、戦争を全否定する自信は無い。
 私は基本的には戦争反対論者だ。しかし、戦争反対論者でありながら、「全ての戦争が悪い」と主張する気になれない。
 つまり、こういうことだ。戦争は基本的に、やらない方がいいのだ。だが、戦争をすることが必要な時があると考えている。だから、ここ最近は、軍事についての情報を意識して読むようになった。今はテポドン型スカッドミサイルの射程距離や装甲車、戦闘機の機動力などの軍事知識を素人ながら勉強している。平和を希求するためには、平和を壊すものであり尚且つ守るものでもある、戦争や軍事について知らなければならない。それが私の考えだ。
 また、「戦争は悪いものだ」と主張するためには、「戦争が何に関して悪いものであるのか」をはっきりしなければ筋が通らない。つまり、戦争が<不正>であることを論証する必要がある。それを私は<倫理>の名の下でずっと考えている。そして、「極めて限定的に戦争を正当化する条件を規定することで、戦争をすることが大方、倫理的に<不正>である」ということしか言えないだろうという帰着を現時点でしている。だが、これより更に進んで、「戦争をすることは全て<不正>である」という主張をはっきりと展開することは、私にはできない。
 しかしながら、それでも戦争はやらない方がいいと思っている。その<非戦>の立場だけでも何とかしたいのだが。

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[社会倫理][ブックマーク]立命館大学大学院先端総合学術研究科『Core Ethics』

●立命館大学大学院先端総合学術研究科『Core Ethics』
http://www.ritsumei.ac.jp/acd/gr/gsce/ce/index.htm
 応用倫理学に関する研究紀要を公開している。

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[倫理学][道徳]なぜ携帯電話(ケータイ)を使うべきでないのか

1. 問題
 私は基本的に電車やバスに乗っているときは携帯電話を切っている(最悪でもマナーモードにしている)。今時、携帯電話を切っている奴なんぞ、「変人」と思われるだろう。実は<電車やバスでの携帯電話の使用>の場面には、重大な問題が潜んでいる。
 車内で「携帯電話を使わないように」という内容のアナウンスが流れる。「なぜ電車やバスの中で携帯電話を使うべきではないのか」。この問題に答えられる人はどのくらいいるだろうか。

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[倫理学][道徳][社会哲学]「テロリズム」への<倫理>

0. 目的
 今までの報告を基に、今回は「テロリズム」という行為自体が引き起こす問題点を取り上げ、「テロリズム」に対してどのような立ち方で考えるべきなのかを分析する。

1. 「テロリズム(Terrorism)」とは何か?
1.1 定義づけ
 「テロリズム」とは何か。一般的に、ある言葉を定義づけるのは容易なことではない。「テロリズム」についても同様のことが言える。
 「テロリズム」は、国際関係論では「非国家主体による、何らかの政治的目的を達成するために、民衆をターゲットにした暴力行為」と定義される。また、手元にある事典で調べると、「テロリズム」は「心理的威嚇や恐怖心を引き起こすことによって一定の政治的効果をめざすという目的で国家装置や政治集団によって行使される暴力的手段」だと書かれている(今村編[1988:444])。

1.2 定義をめぐる問題
 しかし、実際に「テロル(Terror)[テロリズム(Terrorism)]」の語で意味されているものは果たして何か。それは「テロ行為」なのか、「テロリスト」なのか、それとも「テロリズム自体」を意味するのか。「テロリズム」の言葉の中には少なくとも以上の意味が複雑に絡まっているだろう。
 さらに、次のような問題も生ずるだろう。即ち、どのように人間や行為が「テロリズム」と判断されるのかという検証問題や、どのように「テロリズム」が裁かれるのかという評価問題である。

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[政治哲学][倫理学][道徳][社会哲学]個人と共同体との関係性の構築のために

0. 目的
 リベラリズムは社会民主主義の基礎となっている「平等主義的リベラリズム」や、自由放任主義の基礎となっている「ネオ・リベラリズム」など様々な主張が展開されている。そのため、「リベラリズム」の一語でその統一的な内実を提示するのが極めて困難な状況にある。しかしながら、敢えてリベラリズムの基本的な立場を提示すれば、「リベラリズムは個人の選択の自由を前提すること」だと言える。
 しかし、「選択の自由」は極めて困難な作業を伴う。即ち、「選択の自由」が前提されるためには、とりあえず以下の条件を満たす必要がある。

〜按鷯魴錣箸覆訌択肢が複数存在すること。
∩択肢の内実とそれを選択したときの影響をある程度理解できること。
A択肢を行為可能なものとして行為できること*1。
ぁ崛択する(choose)」という行為を何者の干渉によらずに実現できること*2。

 個人の一人の実力で以上の条件を整えることは難しい。を例にすれば、我々がある行為を「実現可能な選択肢」と判定するためには、今まで請け負ってきた価値観を選択肢に適合するかを判定する基準としているからだ。つまり、初めから我々は自由な主体ではなく、様々な価値観にもまれつつ、選択する自由を得ようとする主体になっていくのだ。この時、個人に影響を与える何らかの共同性を検討せざるを得ない。
 このような問題意識から、本稿では、「個人に与える共同体の影響作用とは何か」、「個人がいかにして共同体を形成するのか」を取り上げ、個人と共同体(共同性)との関係について考える。
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